博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったのか
監督:スタンリー・キューブリック
出演:ピーター・セラーズ/ジョージ・C・スコット
ブラックコメディの傑作。
というか、大傑作。
ピーター・セラーズが、表題でもあるストレンジラブ博士、アメリカ大統領、英国軍のマンドレイク大佐の三役をこなしています。
すごいのは、みんな違う人のように見えるあたり。
ほかの映画では7役演じたりもしているとのこと。
ちなみにセラーズは両親ともに芸人という家に生まれています。
モンティ・パイソンにも影響を与えた「ザ・グーン・ショー」というラジオ番組で、スパイク・ミリガンらと活躍し、その後、「マダムと泥棒」で喜劇俳優として認められます。
「ピンクパンサー」の警部がかなり有名。
私も「ピンクパンサー」を見てはいますが、ピーター・セラーズと聞いた時にすぐ思い浮かぶのがこの「博士の異常な愛情」と、「チャンス」、1967年に007のパロディとして公開されたほうの「カジノロワイヤル」と、深夜に起きているとき目にした二役演じる「天才悪魔フー・マンチュー」です。
もうひとつ余談ながら、VHSの中古が出回っているのは見たことがあるものの、DVD化してくれないんだな、と思う「マジッククリスチャン」というのを、いつかみたいな、と思っています。
ジョン・クリーズとグレアム・チャップマンがちょい役ながらが出ているからだけれど、ほかにもビートルズのリンゴ・スターであったり、クリストファー・リーが吸血鬼役で出ていたり、ユル・ブリンナーがオカマ役だったり、マンソン・ファミリーに妻を殺されたことや自らのロリコン事件で有名な、いや、「戦場のピアニスト」で有名なと言っておきましょうか、の、ロマン・ポランスキーも出ているそうで。カルトなブラック・コメディ「マイラ」で主演したラクエル・ウェルチも出演とのこと。
さらに内容も、ピーター・セラーズ演じる大富豪が、ロンドンでふらふらしていたリンゴ演じる青年と意気投合し養子に迎えて、金に糸目をつけずにエリート面した人間たちをコケにしようという計画を実行していくという、出ている人とか関係なく面白そうなんですけど、DVDにならんものでしょうかね。
セラーズご本人は、かなり難しい性格の方だったとのこと。
結婚を四回しており、理想の父親とはとても言えない人だった、と子供に言われ、39歳で大きな心臓発作を起こしてペースメーカを埋めこみ、54歳の若さで大きな心臓発作を起こして亡くなられています。一つの作品で何人もを演じ分ける才能を持った彼は、自分には個性がないから成功が手に入った、と言ったそうです。
ピーターという芸名は、幼くしてなのか死産なのかで亡くなっている兄の名前であり、幼いころから両親から呼ばれていたもの、というのは驚きました。
さて。
ここからは「博士の異常な愛情」の内容に触れるので、ネタバレが嫌な方は回避してください。
どちらかといえばこの話のかなめは「ブラック・コメディであること」だと思うので、ほぼあらすじを書いております。
まだ冷戦の時代。
ひょんなことと精神異常とで、ソ連への攻撃をアメリカ軍の将軍が命令したのだけれども、あまりのことに政府中枢がソ連の大使も呼び寄せて協議をする中で、実はソ連は攻撃を受けた時にすべてを滅ぼすことのできる自爆装置を発動する用意があって、そのまま攻撃が成功してしまえば、人類が滅亡することが判明。
どうにか攻撃停止の暗号を、命令を出した将軍(ジャック・D・リッパー。切り裂きジャック、という名前)から聞き出そうとし、しかし将軍は、英国の軍人から聞いた日本人の捕虜になった時の話を聞いて、自分にはとても耐えられないと自殺してしまいます。
唯一暗号を知る人の死で停止の暗号を聞き出せなかったのだけれども、色々あって暗号を割り出すことに成功はします。
でも結局、機械の故障で暗号が伝わらず、カミカゼ的に核爆弾にまたがった軍人がソ連に爆撃して、人類皆殺しの装置は発動を始め、10か月後には全人類が滅んでしまうことが確定してしまいます。
その一方で、協議を重ねるえらい人たちの中の一人、表題にもなっているけどそんなにずっとは出てこない、元ドイツ人でアメリカに帰化していて、アメリカ大統領の化学顧問を務めているドクター・ストレンジラブが、ナチスの選民思想丸出しの話を興奮して語りだし、優秀な男女だけ地下に避難させて、その後の世界を維持させることを語り、ナチであることが隠し切れぬ高揚を見せます。
足の悪い自分もそこに入ることができるように、
"Mein Fuhrer, I can walk!"(総統閣下、私は歩けます!)
と叫ぶシーンも秀逸。
そのほかに英国の空軍大佐も演じていますが、みな、別人のように演じ分けています。
最初に見た時には、ピーター・セラーズが一人で数役こなすことを得意としている、ということをよく知らなかったので、同じ人間が演じることにも何か意味があるんだろうと、非常に何度も考えました。
にしては、三人を別の人たちが演じてもいいだろうというぐらいに共通項が見いだせなかったことで悩みましたが、ここは単純に、どんな役でもこなすピーター・セラーズ、というその点だけでの三役なのでしょう。
あるいは同じ人間が三人の違う個性を演じることによって、人間の多面性でも表しているのかもしれませんが、さて、どうなのでしょうね。
キューブリックといえば「時計仕掛けのオレンジ」や「2001年宇宙の旅」、「フルメタル・ジャケット」、あるいは「シャイニング」や「ロリータ」なんかのほうが有名な気がしなくもないのだけれども、そうして「時計仕掛けのオレンジ」もブラックコメディとして優れた作品だと思っているけれども、「博士の異常な愛情」のほうが、文字通り破壊力にあふれたコメディです。
コメディでもあり、「時計仕掛けのオレンジ」みたいにわかりやすくオシャレっぽくはないけども、なんだかオシャレに見える画面。
インテリアなんかの分かる人にはもっといい表現ができるんでしょうけど。「時計仕掛け」は、あんな家に暮らしてみたい、というデザインに溢れてるけれども、こっちはそういう風味ではないけれど洒落てるね、というような。
表題であるドクター・ストレンジラブ自身の狂気じみた雰囲気が既になんだかオシャレ。
彼は滑稽で、異様なテンションで、不気味で、ナチスの思想を捨てることができず、ナチスの思想ではすでにいらない人に分類されるであろう自分を否定し、生き延びようとする人間ですけれども。
先に書いたようにこの映画の肝は、とにもかくにも強烈なブラック・コメディーである、という点です。
狂人に核を使う権利を与えてしまったが故に起こる人類の滅亡を描いていますが、まじめな反戦映画でもないし、反戦こそテーマというような作品でもないんだと思います。反戦映画、というのを前面に出すと無粋なたぐい、とでも言えばいいのでしょうか。
ただひたすらに、人類の愚かしい部分を笑う映画、という気がします。
全方向に、愚かさを笑い飛ばすような映画、なのだろうと。
戦争も愚かしいし、だからといって全く自国を守らぬというのも愚かしいし、死なば諸とも、という発想も愚かしいし、いざとなれば人間は生き延びたいとみっともなくあがくし、死を前に絶望したり、まあでも、生に執着することというのは愚かだとは思わないけれど、そうかと思えば起きてもいないことで簡単に死を選んだり、英雄になるために死を選びもします。
もうすぐ滅びてくれるらしいISにしたところで、彼らはお金が欲しいとか、どうせならば英雄になって死のうとか、でなければ自分のほうが優位であることを誇示したいとか、自身の思想こそを全世界の思想にするとか、いろいろな理由で他人を殺しまくって、しかも残虐な方法で殺しまくっているわけですけれども、彼らもどこか、皆殺し装置みたいなもので、自身を滅ぼす人や思想は全てつぶす、というような団体で、ありがたいことに皆殺し装置ほどには威力はなく、多分、今までほどの勢力を持たなくなるんでしょう。
そういえば高校生の頃に戦争についてのレポートを書いたのですけれども、ナチス関連の本で、ナチスが滅びたらドイツも一緒に滅びていこうとでもいうような作戦が実はあって、しかも実行された村があったのだ、というようなものを読んだ覚えがあるのですけれども、なにしろ二十数年前のことで、その当時でさえ古い本でもあったし、しかしこの話、皆殺し装置的ではあるな、と思い出しました。
白黒であることや、タイトルが一見、変質者の話のように思えなくもないあたり、とっつきにくいのかもしれないとは、「時計仕掛けのオレンジ」の監督の作品だということや、ピーター・セラーズが出ていることがなければ、借りてみてみよう、という気にはならなかった気がするのですけれども、本当に観てよかったです。
カットになってしまったという、ラストシーンでのパイ投げシーンが残っていたら、ただでさえツボに刺さった映画がさらに刺さっただろう気がします。
世界が壊滅する危機を回避できたはずの人間たちが、くだらない理由でパイを投げあって、そこからフェイド・アウトで「また会いましょう」の曲とともに滅びゆくのであろう地球が映るとしたら、監督はパイ投げを入れてしまうとコメディよりも笑劇になってしまうと言ったそうだけれど(ケネディ暗殺があったから変更になったという説も)、重要な人物たちのくだらないことと、地球にとって重大なこととが同時に起こるというのは、コメディだと思うんだけれども。
と思ってググったら、同じような意見の方もかなり見受けられたので、本当、パイ投げのシーンもあったらよいのになぁ。なんでケネディが暗殺されるとパイ投げ無しになるんだろう?
やっぱり監督の中でパイ投げ=笑劇であることがいけなかったのかな。
何にしても非常に惜しい気持ちがするのでした。
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